熱いシロップを吸ったカダイフ生地にナイフを入れると、表面はしゃりっと鳴り、中から白いチーズがゆっくり伸びます。クナーファ、またはカナーフェ。レバントの街角では、朝食にも祝いの菓子にもなる、甘くて香ばしい焼き菓子です。
日本で作ろうとすると、最初に迷うのは材料です。ナブルスのナブルシチーズは手に入りにくい。カダイフ生地も普通のスーパーにはほぼありません。けれど、守るべき軸を間違えなければ、自宅のオーブンでもかなり近いところまで寄せられます。
このレシピでは、冷凍カダイフ生地、低水分モッツァレラ、リコッタを使い、22cm前後の浅い金属鍋で焼きます。ポイントは、チーズの水気を抜くこと、カダイフに油脂を均一に絡めること、焼きたての生地に冷ましたシロップを吸わせること。この3つです。
アラビア語圏では kunafa、knafeh、kanafeh など複数のローマ字表記が使われます。日本語ではクナーファ、カナーフェ、クナーフェと揺れがありますが、本記事では「クナーファ」を主表記にします。
クナーファの物語 — ナブルスから広がった甘い熱気

クナーファは、細い麺状の生地やセモリナ生地に、チーズやクリームを重ね、砂糖シロップを含ませる中東の菓子です。特にパレスチナのナブルスは、チーズ入りのクナーファでよく知られ、熱い鉄板から大きな丸皿へひっくり返して売る店の光景は、この菓子の記憶そのものになっています。
レバノン、シリア、ヨルダン、パレスチナ、トルコ周辺では、名前も形も少しずつ変わります。粗いカダイフを使う版、細かく刻んだ生地を押し固める版、パンのようなカアクにはさんで歩きながら食べる版、オレンジ色を強く出す版。どれも共通しているのは、香ばしい生地、温かい乳製品、花の香りを含むシロップの組み合わせです。
日本の台所で再現するなら、派手な色よりも食感を優先します。生地はパリッと、チーズは水っぽくなく、シロップは甘いだけでなくレモンと花の香りで輪郭を出す。そこまで決めると、特別な菓子なのに、週末の午後に作れる料理になります。
フムス、ファラフェル、タブーレのようなレバントの前菜を並べる日なら、最後にこのクナーファを少量だけ出すと、塩気と酸味の食卓がきれいに閉じます。
日本の台所で現地に寄せる分岐

現地のレシピをそのまま日本へ持ち込むと、チーズでつまずきます。ナブルシチーズやアッカウィチーズは塩気が強く、塩抜きして使うことが多い一方、日本のモッツァレラは水分が多い。ここを同じ名前だけで置き換えると、底が水っぽくなります。
| 現地の要素 | 日本での現実的な寄せ方 | 守りたい理由 |
|---|---|---|
| ナブルシチーズ、アッカウィチーズ | 低水分モッツァレラ300gとリコッタ120g | 伸びと乳の甘みを両方出す |
| カダイフ生地 | 冷凍カダイフを使う | ここは代替しにくい。そうめんや春雨では焼き菓子の層にならない |
| 澄んだ砂糖シロップ | 砂糖と水を軽く煮て、最後に花の香りを入れる | 煮詰めすぎると飴っぽくなり、生地へ入りにくい |
| オレンジ色の表面 | 着色は省いて、焼き色で黄金色へ寄せる | 家庭では色よりも香ばしさを優先した方が失敗しにくい |
| 大きな丸鉄板 | 22cmの浅い金属鍋、パエリア鍋、丸型 | 生地を薄く焼けるほど、底が香ばしくなる |
パンにはさむ食べ方も面白いです。レバントの街では、クナーファを丸いゴマつきパンに入れる店があります。家庭で試すなら、温めた丸パンに小さな一切れをはさみ、シロップを少量だけ足します。かなり甘いので、食後のデザートというより、濃いコーヒーと一緒に半分ずつ食べるとちょうどよいです。
失敗原因 — 水っぽさと焦げを先に潰す

| 失敗 | 主な原因 | 直し方 |
|---|---|---|
| 底がべたつく | チーズの水気が多い、シロップを一気に全部入れた | チーズを5分以上水切りし、シロップは3分の2から入れる |
| 生地が白く硬い | 油脂が少ない、押し固めが強すぎる | バター120gを全体へ絡め、指で軽く押す程度にする |
| 端だけ焦げる | 型が薄すぎる、上火が近い | 15分で前後を入れ替え、焦げ始めたら170度へ下げる |
| チーズが伸びない | 冷めてから切った、低水分チーズだけで固まった | 焼き上がり5分以内に切り、リコッタを混ぜて乳の柔らかさを足す |
| 甘さだけが強い | 花の香りが強すぎる、レモンが少ない | オレンジフラワー小さじ1、ローズ小さじ1/2を上限にする |
一番多い失敗は、チーズの水分です。リコッタを増やすとやさしい味になりますが、水切りをしないと底が重くなります。逆に低水分モッツァレラだけで作ると伸びは出ますが、冷めたときにゴムのように固まりやすい。300g対120gくらいの配合が、家庭用オーブンでは扱いやすいです。
焼き色は、表面だけで判断しないでください。縁が濃い黄金色になり、中央は薄いきつね色。ここで止めると、底は香ばしく、上は苦くなりません。焼き不足が心配なときは、シロップを注ぐ前に縁を少し持ち上げ、底が薄く色づいているか確認します。
食べ方・保存・よくある質問

クナーファは焼きたてが一番おいしい菓子です。とはいえ、6人分を一度に食べ切らない場合は、最初から全量のシロップを入れない方が保存しやすくなります。食卓で食べる分だけ追加シロップをかけ、残りは控えめな甘さのまま冷まします。
| 状態 | 保存方法 | 温め直し |
|---|---|---|
| 当日中 | 室温で3時間以内 | 160度のオーブンで5分 |
| 翌日 | 冷蔵で1日 | 160度のオーブンで8分、最後にシロップ小さじ1 |
| 冷凍 | 1切れずつ包んで2週間 | 冷蔵解凍後、170度で10分 |
電子レンジだけで温めると、チーズは戻りますが生地がしんなりします。最初に600Wで20秒だけチーズをゆるめ、次にトースターやオーブンで表面を3〜5分温めると、食感が戻りやすいです。
カダイフ生地なしで作れますか
完全な代替は難しいです。そうめんや春雨は水分を吸いやすく、焼き菓子の軽い層になりません。どうしても試すなら、フィロ生地を細く刻んで使う方が近いですが、カダイフの糸のような食感とは別物になります。
ローズウォーターは必須ですか
必須ではありません。オレンジフラワーウォーター小さじ1だけでも、十分にレバント菓子らしい香りになります。ローズウォーターを入れる場合は小さじ1/2までにし、香水のような強さを避けます。
前日に組み立てられますか
生地へ油脂を絡めるところまでなら前日にできます。型へ敷き、チーズをのせた状態で一晩置くと、チーズの水分が底へ移ります。前日はカダイフとチーズを別々に準備し、焼く30分前に組み立てるのが無難です。
献立にするなら何を合わせますか
甘い菓子なので、食事は軽く酸味のあるものが合います。タブーレ、ババガヌーシュ、シャワルマを少量ずつ並べると、最後のクナーファが重く感じにくいです。米料理のあとなら、ヨルダンのマンサフのような乳の香りとのつながりも見えてきます。
参考文献
- Encyclopaedia Britannica, "Knafeh"(2026年5月16日閲覧) https://www.britannica.com/topic/knafeh
- Palestine in a Dish, "Palestinian Knafeh Recipe"(2026年5月16日閲覧) https://palestineinadish.com/recipes/palestinian-knafeh-recipe/
- Maureen Abood, "Knafeh (Lebanese Recipe)"(2026年5月16日閲覧) https://maureenabood.com/lebanese-knafeh-jibneh-with-orange-blossom-syrup/
- 196 Flavors, "Kanafeh"(2026年5月16日閲覧) https://www.196flavors.com/fr/kanafeh/














