台所で米粉の泡を待つところから始まる
夜のうちに米粉の生地を混ぜて、朝起きてふたを開ける。表面に小さな泡がぷつぷつ浮いていたら、それだけで少し気分が上がります。ホッパーは派手な料理ではありません。けれど、熱い小鍋に生地を流してぐるりと回した瞬間、薄い縁がレースのように立ち上がり、真ん中だけ白くふかっと残る。ここが楽しい料理です。
ホッパーはスリランカでアッパ(appa)、タミル語圏ではアッパム(appam)とも呼ばれる、発酵した米粉とココナッツミルクの薄焼きです。見た目はクレープに近いのに、食べると縁はぱりぱり、中心は蒸しパンのように柔らかい。卵を落とせばビッタラ・アッパ、甘いココナッツミルクを流せばキリ・アッパになり、朝食にも夕食にも出てきます。

日本で作るときの壁は、材料より道具と生地の濃度です。専用のアッパチャッティは丸底の小鍋なので、普通のフライパンでは深い椀形になりません。ただ、20cm前後の小さなノンスティックフライパンや中華鍋でも、縁のレースと柔らかい中心は十分に再現できます。
このレシピでは、輸入のホッパー粉ではなく、日本の製菓用米粉を使います。伝統的には米を浸水して挽く家庭もありますが、毎日の台所で続けるなら粉から始める方が現実的です。発酵の香り、ココナッツの甘み、縁を薄く広げる動作。この3つを守れば、かなりホッパーらしい皿になります。
スリランカ料理の流れで食卓を組むなら、鉄板で刻むコットゥロティとは対照的です。コットゥは夜の屋台の音、ホッパーは朝の台所の泡。骨付き鶏のカレーを添えたい日は、ココナッツとカレーリーフが香るククルマスカレーへ進むと、同じ米粉主食でも食卓の重心が変わります。
この記事では日本語で見つけやすい「ホッパー」を使います。現地ではシンハラ語の appa、タミル語の appam、英語の hoppers が混在します。卵入りは egg hopper、シンハラ語では biththara appa と呼ばれます。
この料理の背景 — 椰子と米が作るスリランカの軽い夕食

スリランカの食卓は、米とココナッツの組み合わせがとても強い国です。ご飯にカレーを合わせる日常食の横で、米粉や削りココナッツ、ココナッツミルクを使った粉ものも育ってきました。祝いの米料理なら、ココナッツミルクで米を固めるキリバットも同じ軸で理解しやすい料理です。ホッパーはその代表で、発酵させた米の生地を薄く広げ、中心をふっくら蒸す料理です。
英語圏のスリランカ料理サイトでは、ホッパーは朝食や夕食によく食べる料理として紹介されています。朝なら卵を落としておかずにし、夜ならダール、チキンカレー、ルヌミリス、ポルサンボルを添えて軽い夕食にする。日本の感覚でいうと、白ごはんとパンケーキの中間にいるような主食です。
面白いのは、同じ「ホッパー」という名前でも種類がかなり違うことです。丸底鍋で焼くこのレシピのホッパーのほか、米粉の生地を細い麺状に押し出して蒸すストリングホッパーがあります。ストリングホッパーはカレーを受け止める柔らかい米麺で、道具も手順も別物です。この記事では、レース状の縁を作る薄焼きのホッパーに絞ります。
南インドにもアッパムと呼ばれる近い料理がありますが、スリランカの食卓で印象的なのは、辛いルヌミリスやポルサンボル、豆のダールと一緒に並ぶところです。甘いパンケーキとして食べるより、カレーを受け止める器のように使う。縁を割ってすくい、中心でソースを受ける食べ方まで含めて、ホッパーらしさが出ます。
| 種類 | 現地での位置づけ | 日本で作るときの難所 |
|---|---|---|
| プレーンホッパー | カレーやサンボルを受け止める基本 | 生地を薄く回して縁を作る |
| 卵ホッパー | 朝食や夜食の定番 | 卵白を固めつつ縁を焦がさない |
| ミルクホッパー | 中心にココナッツミルクを残す甘めの一皿 | 中心が流れすぎない火加減 |
| ストリングホッパー | 米粉の麺を蒸す別料理 | 専用プレスと蒸し器が必要 |
かつては生地の発酵に椰子の樹液を発酵させたトディーを使うこともありました。家庭では前日の生地やパン片を種にするレシピも見られます。日本の台所では入手性と食品安全を考え、ドライイーストで安定させるのが扱いやすいです。伝統そのものを完全再現するより、発酵の軽い酸味と米粉の香りをきちんと出すことを目標にします。
日本語のホッパー記事は「材料を混ぜて焼く」で終わりがちですが、英語圏のレシピを読むと、失敗の多くは発酵時間、鍋の形、生地の濃度に集まります。特に「生地を薄く回すが、中心には厚みを残す」という感覚が大切です。
日本の台所で本場に寄せる分岐表

専用道具や現地食材を揃えるほど近づきますが、ホッパーは「どこを代替してよいか」が分かると一気に作りやすくなります。すべてを本場品にするより、縁の薄さ、発酵の香り、添える辛味の3点を優先します。
鍋を選ぶときは、直径よりも側面の立ち上がりを見ます。底が平たく広いフライパンは扱いやすい反面、中心まで薄く広がりやすく、ホッパーというより米粉クレープになります。小型中華鍋や丸みのある深型フライパンは、回した生地が側面に残りやすく、中心に白い厚みを作りやすいです。専用鍋を買う前に、家にある一番小さくて深い鍋で試すのが現実的です。
| 迷うもの | 現地寄せ | 日本で現実的 | 判断 |
|---|---|---|---|
| 鍋 | アッパチャッティ | 小型ノンスティックフライパン、小型中華鍋 | 丸みがあるほど椀形になる |
| 米 | 浸水米を挽く、ロースト米粉 | 製菓用米粉、上新粉 | 粉が細かいほど中心がなめらか |
| 発酵 | トディー、前日の種 | ドライイースト | 香りは軽くなるが安定する |
| ココナッツ | 生搾り | 缶詰ココナッツミルク | よく振って脂肪分を均一にする |
| モルディブフィッシュ | 乾燥魚チップ | かつお節、煮干し粉、干しえび | うまみと塩気の補助として使う |
| 添え物 | ルヌミリス、ポルサンボル、カレー | ルヌミリス、ダール、レトルト豆カレー | まず辛味と豆の組み合わせを作る |
代替しない方がよいのは、ココナッツミルクです。牛乳や豆乳でも薄焼きはできますが、ホッパー特有の甘い香りと中心の柔らかさがかなり変わります。逆に、モルディブフィッシュはかつお節で十分に雰囲気が出ます。日本の台所にある魚のうまみを使えば、ルヌミリスは無理なく作れます。
卵ホッパーを主菜にする日は、ネパールのダルバートのように豆スープを添えると食べ応えが出ます。肉のカレーを添えたいなら、濃厚なパキスタンのニハリより、軽めのチキンカレーやダールの方がホッパーの軽さを生かせます。
底が平たいフライパンでは、縁が高く立ち上がりません。その場合は、無理に椀形を狙わず、中央を少し厚めにした薄焼きとして仕上げます。味は十分ホッパーに近く、ルヌミリスやカレーを添えれば食卓として成立します。
失敗原因 — レースにならない、破れる、中心が生っぽい

ホッパーは材料が少ない分、失敗の原因が見えやすい料理です。うまくいかないときは、味付けを変える前に生地と鍋を見ます。特に多いのは、発酵が弱いのに濃いまま焼くこと、鍋がぬるいまま生地を入れること、卵ホッパーで火を強くしすぎることです。
| 失敗 | 原因 | 直し方 |
|---|---|---|
| 縁がレース状にならない | 生地が濃い、発酵が弱い、鍋がぬるい | 水を大さじ1足し、鍋をしっかり温める |
| 縁だけ焦げる | 火が強すぎる、油が多い | 火を弱め、油は紙で薄く塗る |
| 中心が生っぽい | ふたをする時間が短い、生地が厚い | ふたをして30秒ずつ追加加熱 |
| 鍋から外れない | 油不足、鍋のコーティング劣化 | 1枚ごとに薄く油を塗る |
| 破れる | 生地が薄すぎる、取り出しが早い | 米粉を小さじ2足し、縁が乾いてから外す |
| 酸っぱすぎる | 暑い場所で発酵しすぎた | 次回は短め発酵、途中で冷蔵庫へ移す |
| 卵が固まらない | 火が弱すぎる、卵が冷たい | 卵を室温に近づけ、ふたを長めにする |
発酵は時間だけで判断しません。夏の台所なら2時間で十分なことがありますし、冬なら3時間でも泡が少ないことがあります。見たいのは、表面の泡、軽い酸味、少しふくらんだ体積です。酸っぱい匂いが強い、アルコール臭がきつい、色が変わった場合は使わないでください。
鍋の温度は、少量の生地を落としたときにすぐ薄く固まり、じりじり音がするくらいが目安です。煙が出るほど熱いと縁だけ焦げます。鍋がぬるいと生地がべたっと広がり、レース模様が出ません。ここはビリヤニの米の蒸らしと同じで、数字より状態を見る料理です。
米粉とココナッツミルクの生地は傷みやすいので、真夏の室温で長く放置しないでください。発酵後すぐ焼かない場合は冷蔵庫へ入れ、当日中に使い切るのが安全です。焼いたホッパーも常温放置せず、粗熱が取れたら冷蔵保存に回します。
保存と食べ方 — 焼きたて優先、残りは蒸して戻す

ホッパーは焼きたてが一番です。縁のぱりぱり感は時間とともに戻らないので、来客用なら生地を先に作り、食べる直前に焼くのが理想です。焼き手は少し忙しいですが、鍋から出した瞬間の軽さは代えがたいものがあります。
生地を保存する場合は、発酵後に冷蔵庫へ入れて当日中に使います。冷えると生地が少し重くなるため、焼く前に軽く混ぜ、必要なら水を小さじ2〜大さじ1足します。焼き済みのホッパーは、紙を挟んで重ね、密閉容器で冷蔵1日を目安にします。
温め直しは電子レンジだけだと縁が柔らかくなります。霧吹きで中心を少し湿らせ、フライパンで弱火にかけ、最後にふたを30秒。これで中心は戻りますが、縁の香ばしさは焼きたてには届きません。余ったホッパーは、翌朝にカレーを少しかけて柔らかく食べる方が自然です。
食べ方は、中心を少し破ってカレーを受け止め、縁を割ってルヌミリスを少しのせます。辛味をのせすぎると米粉とココナッツの香りが消えるので、最初は小指の先ほどで十分です。卵ホッパーなら、黄身を崩してルヌミリスを混ぜると、それだけで一皿の朝食になります。
スリランカ料理を続けて作るなら、同じ南アジアでもアフガニスタンのカブリパラウやスリランカのコットゥロティへ進むと、米、粉、スパイスの使い方の違いが見えてきます。ホッパーは軽い入口ですが、そこからかなり広い食卓へつながります。
よくある質問

Q1. 米粉ではなく上新粉でも作れますか?
作れます。ただし上新粉は製品によって粒が粗く、中心が少しざらつくことがあります。初回は製菓用米粉の方が扱いやすいです。上新粉を使う場合は、生地を混ぜてから10分置き、もう一度よく混ぜると粉っぽさが減ります。
Q2. ココナッツミルクを牛乳で代用できますか?
薄焼きとしては作れますが、ホッパーらしい香りは弱くなります。ココナッツミルクは味だけでなく、中心の柔らかさと縁の香ばしさにも関わります。どうしても苦手な場合は豆乳より牛乳の方が焼きやすいですが、別料理に近い仕上がりと考えてください。
Q3. 専用鍋がないとだめですか?
だめではありません。小さめで深さのあるノンスティックフライパンなら作れます。椀形は浅くなりますが、薄い縁と柔らかい中心は作れます。底が広いフライパンしかない場合は、生地量を少なめにして、鍋を大きく回しすぎない方が失敗しにくいです。
Q4. 生地は前日に仕込めますか?
仕込めますが、室温に一晩置きっぱなしにはしません。2〜3時間発酵させて泡が出たら冷蔵庫へ入れ、翌朝にココナッツミルクを加えて濃度を調整します。冷蔵後は発酵が弱まるので、焼く前に常温で15〜20分置くと流れが戻ります。
Q5. ルヌミリスが辛すぎるときはどうしますか?
玉ねぎを足す、ライム汁を少し増やす、砂糖をひとつまみ加えると角が丸くなります。辛味を完全に抜くより、量を少なく添える方がホッパーには合います。辛いものが苦手な人がいる食卓では、ルヌミリスを別皿にして各自でのせる形にしてください。
参考文献
- SAVEUR: Hoppers (Sri Lankan Crepes with Onion Sambol and Egg) https://www.saveur.com/article/Recipes/Hoppers/
- Sri Lankan Cuisine: Hoppers https://srilankancuisine.org/2013/09/12/hoppers/
- Great British Chefs: Egg hoppers with garlic and red pepper chutney, onion relish and corn relish https://www.greatbritishchefs.com/recipes/egg-hoppers-garlic-red-pepper-chutney-onion-relish-corn-relish-recipe
- NDTV Food: Sri Lankan Appam https://food.ndtv.com/food-drinks/sri-lankan-hoppers-the-crispy-delight-with-a-rich-history-4231507
- Migrationology: Sri Lankan Hoppers https://migrationology.com/sri-lankan-hoppers-funny-name-serious-pancake/












